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百年続きますように

キミと好きな人が百年続きますように

「ハナミズキ」という曲のこの部分は不思議に人の心をとらえる、一青窈の独特の歌い方もあるのだろう、こぶしというのだろうか、例えば「続きますように」の「きますように」はCのキーで表わせば、ミレドシド、と単純に下がるところを、レミレ(き~)レ(ま)ドレド(す~)シド(よに)、という具合に音程を揺らすことによって心を揺さぶるような効果を出している。

しかしそれよりも、「キミと(キミの)好きな人」の関係が百年続きますようにと願う、普通の恋愛ソングにはありえない言葉が、心に沁みる。なぜ、この曲の語り手は、キミの幸せだけでなく、キミの好きな人の幸せまでも願うのだろう。このフレーズの直前に置かれた次の言葉は何を意味するのだろう。

僕の我慢がいつか身を結び
果てない波がちゃんと止まりますように

YouTubeで見たのかテレビの歌番組で見たのか、この曲の詩は2001年9月11日の同時多発テロの惨劇に触発されて書かれた、ということを知った。

一青窈が願っていたことは、繰り返されるテロとその報復、つまり果てない波のような状況、を終わらせることだった。そのためには、ひとりひとりが憎悪と暴力の報復ではなく、善意のやりとりをすること。人から傷つけられた時に、あるいは傷つけられたと勝手に思い込んだ時に、深く息をついて我慢してみよう、すると痛みはやがて和らぎ憎しみは薄らぐ、憎悪の連鎖を断ち切るためには誰かがどこかで我慢するしかないのだ。そうすれば、やがて果てない波も止まるかもしれない。

善意とか優しさとか愛情を、自分の愛する人に向けることは誰にでもできることだ。自分の家族のことだけを考える、あるいはこれを一段拡大して、自分の民族や国のことだけを考えて、その外側にいる人達を無視したり憎んだり傷つけたりすること、これはテロを繰り返す人たちもそれに対して報復する人たちもやっていることだ。これではなんの解決にもならない。だから、「キミと(キミの)好きな人」の平和というように、視野をもうひとまわり広げることを歌っているのだろう。

この曲の主人公<僕>はテロで未完の命をなくした犠牲者だともとれるし、それと反対に残された家族か恋人だともとれる。どちらととるかで一つ一つのフレーズの解釈は微妙に変わってくるが、感動の質はそれほど変わらないだろう。

どうか来てほしい、水際まで来てほしい
つぼみをあげよう、庭のハナミズキ
薄紅色の可愛いキミのね
果てない夢がちゃんと終わりますように

死んだ者と残された者は水際でしか逢うことができない。<僕>の方が死んだのだとすれば、<僕>があの世からエールを送っているのだ、生き残った<キミ>の夢はちゃんと成就して欲しい、僕の方は残念ながら夢を絶たれてしまったけどね、と。逆に、<キミ>の方が死んだのだとすれば、その夢はこの世では完結することはできなかった。出来れば、あの世でちゃんと終わってくれればいいな、と生き残った僕が願っているのだ。途中で終わってしまった命に対する無念の情は、後者の解釈の方がより強く表現されていると思う。そして、この解釈だと、キミとキミの好きな人の両方が命を落としてしまった、という事になる。二人の愛情があの世でこの先ずっと(百年)続いてくれればいいな、と願う残されたものの悲しみ。

夏は暑過ぎて、僕から気持ちは重すぎて
一緒に渡るには、きっと船が沈んじゃう
どうぞゆきなさい、お先にゆきなさい

いずれにしても、もう僕たちは一緒に暮らすことはできない。キミ死亡説を取れば、キミがあの世で待つことになる、僕はキミを奪われた悲しみと怒りに心を囚われているが、何とか我慢しよう。そして、その我慢がいつかこの世界の憎悪の無意味な連鎖を断ち切ってくれることを願っている。

ハナミズキの花言葉は<返礼>。1912年に日本(正確には東京市)からアメリカに送られ、ワシントンD.C.のポトマック公園に植樹された桜、そのお礼として1915年に海を渡ってきたハナミズキ(dogwood)。この曲の背景のひとコマにある日本とアメリカの善意の交換は、国の政策として行なわれたのではなく、もとはEliza Schidmoreという桜の美しさに惹かれた一アメリカ女性の思いつきであり、実現に大きく寄与したのは高峰譲吉というアメリカで富と名声を獲得した一科学者だった。僕達ひとりひとりの優しさなんて無力かもしれないけど、そんな小さなことから大きな善意の交換が始まるかもしれない、という希望。

参考リンク
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2006/0129/075841.htm
http://8joh.blog74.fc2.com/blog-entry-64.html


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